ヴァロットン―黒と白の徹底解説!三菱一号館美術館は世界有数のヴァロットン版画コレクションを誇る、約180点を一挙公開!

フェリックス・バロットンは19世紀のパリで活躍したナビ派の画家です。ヴァロットン―黒と白では、三菱一号館美術館が所蔵する版画集『レスタンプ・オリジナル』『アンティミテ』『楽器』などから約180点を一挙公開します。

ヴァロットン―黒と白の感想と解説!

I「外国人のナビ」ヴァロットン 木版画制作のはじまり

《フェリックス・ヴァロットン》(001)1891年

II パリの観察者

「街路と公園」

○『息づく街パリ』は7点からなる版画集です。1893年から1894年に、約100部の限定で刊行されました。近代都市パリでの出来事をテーマにします。

黒と白ですが、木版画ではなくジンコグラフ(亜鉛版リトグラフ)です。面だけではなく、ハッチングによる濃淡があります。黒と白の置き方と、デフォルメされた人物の描き分けが絶妙です。少人数を描いても群衆でも揺るぎません。

『息づく街パリ』口絵(036)1894年

『息づく街パリ』口絵(036)は左から、鞭を手に馬車馬を操作する御者(ぎょしゃ)。買い物かごを手にした母と、ベレー帽にポンチョの子ども。拳を振り上げ、何やら声を上げている酔っぱらい。手を取り合い、耳打ちをするブティックの店員。ベイカーハットを深くかぶる細身のごろつきです(ボード(上図)にはいません)。

『息づく街パリ』 III ブタ箱送り(041)1893年

配色は、白、(黒、黒)、白、(黒、黒)、白と、白の男性の間に黒のペアをはさみます。横の広がりを見せるために、黒と白のバランスをとっています。背丈の低い子どもを入れることで、均一な人垣を作ることを避けアクセントにしました。

『息づく街パリ』VI 事故(041)1893年

酔っぱらいの左肩から足下までのラインを見せるために、隣接する女性の上着を黒にスカートを水玉模様の白地にしました。黒と白をパズルのように組み合わせ、当時のパリの職種やそれに伴うファッションや仕草を描き出しています。

《公園、夕暮れ》(043)1895年

「政治と風刺」

《街角デモ》(046)1893年

《祖国を讃える歌》(049)1893年

「子ども」

《可愛い天使たち》(113)1894年

《にわか雨》(114)1894年

○私は小村雪岱(こむらせったい)の《おせん 傘》1937年 が浮かびました。白地の和傘を、円や楕円に中心から放射線状に広がる線を加えて描いています。傘は画面の下2/3ほどを埋め尽くします。

傘の上は余白に雨だけが描かれています。雨は垂直に落ちる線分です。傘と傘との隙間から、着物の柄がわずかに覗きます。顔を見せているのは中央の男女と、右下のおせんの3人だけです。言い寄られたおせんが、男から逃れるシーンです。

《突風》(115)1894年

《にわか雨》(114)は黒の洋傘です。俯瞰して遠景があります。傘をさす人、傘なしで道を急ぐ人、馬車や馬のシルエットが行き交います。

手前には傘で顔が隠れた男女、顔が見える男女と親子がいます。子どもの、目を点にした表情が愛らしいです。通りの喧騒は、突然の雨を楽しんでいるようにさえ思えます。

「死」

《埋葬》(117)1891年

《暗殺》(120)1893年

III ナビ派と同時代パリの芸術活動

「レスタンプ・オリジナル」

○『レスタンプ・オリジナル』は、1893年から1895年にかけてパリで刊行された版画集です。毎号10点のオリジナル版画を年に4回、限定100部で配本しました。

ヴァロットンを含むナビ派の若手作家から、ゴーガンや年長者のビュヴィ・ド・シャヴァンヌまで74人の芸術家が参加しました。出品作家は1、2点の作品を寄せました。しかし、ロートレックだけは、出品作品の他に創刊号と最終号の表紙の3点を提供しています。

ヴァロットンは《街角デモ》(046)が第1巻の9番に、《入浴》(126)が第8巻の80番に掲載されています。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『レスタンプ・オリジナル』第1年次のための表紙(125)1893年

入浴》(126)1894年

IV アンティミテ:親密さと裏側の世界

『楽器』

○『楽器』は7点の木版画からなります。1896年から1897年までに、100部程度の限定部数で刊行されました。ひとつの楽器をひとりの奏者が奏でます。

『楽器』 II フルート(152)1896年

『楽器』 II フルート(152)(上図)で私が目を留めたのは、奏者の指先もさることながら、アールヌーボーの金具の付いたチェストの脚を飾るヴィーナスです。

優雅さを添えるランプシェードの前では、白猫が奏者に触れようと前脚を伸ばしています。奏者の輪郭線は、肘から右足のつまさきを通りかかと。左足も覗いています。

『楽器』III ヴァイオリン(153)1896年

あとの輪郭は、壁やチェストと同化しています。床が白いので室内は明るいはずですが、奏者も部屋も黒を装い静けさの中にいるようです。ヴァロットンは黒を次第に増していきます。

『アンティミテ』

○『アンティミテ』は10点の木版画からなります。1897年から1898年にかけ、限定30部で刊行されました。男女の親密な関係をテーマにします。

『アンティミテ』 I 嘘(158)1897年 

『アンティミテ』 IV 最もな理由(161)1898年

『アンティミテ』版木破棄証明のための刷り(168)1898年

ヴァロットン―黒と白の図録をデサインマニアが分析!

○本体には、カバーと帯も掛けられています。タイトルは「黒と白」ですが、黒地にシルバーでデザインされています。中央に位置する、矩形のタイトル周りはシルバーの箔押しがなされ豪華です。左右で二等分され、図と地を反転しています。

《怠惰》(149)1896年

矩形でビジュアルの一部がおおわれることで、ベッドカバーやクッションなどのテキスタイルデザインが押し出されます。そして、ビジュアルの中心を、横たわる裸婦から抽象的なパターンに置き換えています。私は当初、裸婦に気づきませんでした。絶妙です。

裸婦は《怠惰》(149)(上図)からです。カバーのそでから表表紙を通り、背を横切り裏表紙にも2cm ほどかかります。紙面をフルに用いています。

『アンティミテ』 V お金(162)1898年

裏面のメインビジュアルは『アンティミテ』 V お金(162)(上図)です。こちらは縮小して下部に余白を持たせています。さらに、裏表紙のそでにもビジュアルがありました(驚)。『アンティミテ』VI 最適な手段(163)です。男性の顔から右側をトリミングし、上部に余白を持たせています。

帯には表面に『アンティミテ』 III きれいなピン(160)の男女の頭部。裏面にはアルプス山脈の《ユングフラウ》(030)(下図)が使われています。全てが『アンティミテ』にはなりませんでした。聞き慣れぬこの言葉は、フランス語で「親密」です。『アンティミテ』の連作は、カバーや帯ともおおむね親密でした(笑)。

《ユングフラウ》(030)1892年

○表紙はグレーの再生紙に黒のインクを引きました。文字組みの色は、インクの乗らない再生紙の色です。再生される前の用紙による、小さな斑点がアクセントになっています。

欧文タイトル『FÉLIX VALLOTTON NOIR ET BLANC』は、本体を伏せた状態で表、背、裏表紙を通し記されています。左右を反転させ組まれているのは、版木をイメージしたのでしょう。表紙と各章のタイトルの欧文書体には、水面や大気を表す水平の彫りが入れてあります。

『息づく街パリ』 V 学生たちのデモ行進(040)1893年

○巻頭は黒い用紙にシルバーの図版が続きます。本編の扉には『息づく街パリ』 V 学生たちのデモ行進(040)(上図)の一部が使われています。両端揃えで横に組まれたタイトルの左半分に、シルバーが引かれています。

その上部に、右手で帽子を掲げる学生から右に4人が階段状に続きます。肩に置かれた左手から下の群衆はカットされています。黒と白は実用的です。

「ごあいさつ」は《ロール氷河》(029)が見開きで用いられています。左右に矩形が抜かれ和文と欧文が並びます。ページを開くと見開きで《怠惰》(149)です。「ヴァロットンが油彩画で用いた技法の全ては、既に版画の制作過程で見出していた」と、ベルリンの雑誌『パン』の創設者ユリウス・マイアー=グレーフェ。

小説家平野啓一郎の「領域としての黒」は、背景色がシルバーに変わります。シルバーの用紙ではありません。文字組みを残してシルバーのインクを引きました(驚)。

ソフトカバー/ W210mm × H250mm/ モノクロ・カラー/ 238ページ
2,420円(税込)

Amazon.co.jp

ヴァロットン―黒と白の会場はここ!

三菱一号館美術館

〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-6-2
Tel.050-5541-8600(ハローダイヤル)

新しい私に出会う、三菱一号館美術館
JR東京駅徒歩5分。赤煉瓦の建物は、三菱が1894年に建設した「三菱一号館」(ジョサイア・コンドル設計)を復元したもの。コレクションは、建物と同時代の19世紀末西洋美術を中心。

開館時間
10:00~18:00
※祝日を除く金曜と会期最終週平日、第2水曜日は21:00まで
※入館は閉館の30分前まで

休館日
毎週月曜 年末年始の12月31日(木)、2021年1月1日(金)
※月曜日が祝日の場合と12月28日(月)、2021年1月4日(月)は開館

アクセス
電車
JR「東京駅」(丸の内南口)徒歩5分
JR「有楽町駅」(国際フォーラム口)徒歩6分
東京メトロ千代田線「二重橋前〈丸の内〉駅」(1番出口)徒歩3分
東京メトロ有楽町線「有楽町駅」(D3/D5出口)徒歩6分
都営三田線「日比谷駅」(B7出口)徒歩3分
東京メトロ丸ノ内線「東京駅」(地下道直結)徒歩6分
バス
最寄の停留所は「東京国際フォーラム前」です。三菱一号館美術館の正面に停まります。
都営バス
都04(豊海水産埠頭~東京駅丸の内南口)
都05(東京ビッグサイト~東京駅丸の内南口)
都05(深川車庫前~東京駅丸の内南口)
東急バス
東98(等々力操車所~東京駅南口)

三菱一号館美術館の行き方!JR「東京駅」から!
JR「東京駅」から三菱一号館美術館まで、大きな画像をたくさん交え地上と地下から案内します。