スペインの建築家アントニ・ガウディは、バルセロナ市内に点在するカサ・ビセンス、グエル公園、カサ・バリョ、サグラダ・ファミリアなど、世界遺産に登録された建築群で知られています。
長らく未完の聖堂と言われながら、完成時期が見えてきたサグラダ・ファミリアに焦点を絞り、ガウディーの建築思想と造形原理を読み解きます。
ガウディとサグラダ・ファミリア展の図版と解説!
2 ガウディの創造の源泉
ガウディは「人間は創造しない。人間は発見し、その発見から出発する」と言いました。
「何事も過去になされたことに基づくべきだ」と唱え、リバイバル建築に取り組みます。「すべては大自然の偉大な本から出る」と、植物を象った装飾を生み出しました。また、侵食地形である洞窟を建築の発想源とします。そして、自然の中に発見される幾何学を研究しました。
この章では、ガウディが「歴史」「自然」「幾何学」の中に発見したものを、彼の仕事を通し具体的に解明します。
2-① 歴史: 建築のオリエンタリズム
スペインは中世にイスラム国となり、約800年間イスラム教とキリスト教の共生する時代を経験しました。
そして、イスラム建築とキリスト教建築が融合した、ムデハル建築が生まれます。さらに、スペイン独自の国民建築としてネオ・ムデハル建築へと発展しました。
2-①-1A カサ・ビセンス 1883-85
fig.8 ガウディ: バルセロナ、カサ・ビセンス 1883-85年
2-①-1B キハーノ邸「エル・カプリッチョ(奇想館)」1883-85
fig.9 ムデハル建築の外壁後方の応用
2-①-1C フィンカ・グエル(グエル別邸)1884-87
20《フィンカ・グエル、馬場・厩舎模型》1984-85年
2-①-3 破砕タイル手法の発見
ガウディは、割れたタイルの断片で被覆する手法を発見しました。破砕タイルは防水・防塵や、建築の多彩色を目的として用いられました。
ガウディは、デビュー作のカサ・ビセンスとキハーノ邸でタイルによる多彩色を行います。次のフィンカ・グエルでは、小さな局面の被覆手法として破砕タイルの使用を発見しました。
この手法は逆に、曲面造形を創出することにもなり、サグラダ・ファミリアの鐘塔頂華(しょうとうちょうか)として到達点に達します。
fig.45 ガウディ: バルセロナ、グエル館、屋上煙突
2-①-3A フィンカ・グエル煙突模型
19 フィンカ・グエル、換気塔模型1984-85年
2-①-3C グエル公園タイル装飾
18 アントニ・ガウディ 《グエル公園、破砕タイル被覆ピース》 1904年頃
2-② 歴史: リバイバル建築
19世紀は歴史に関心が持たれます。建築史が生まれ、過去の建築を発見・再評価しました。現在が最良ではなく、各時代ごとに独自の価値があることを認識します。
この新知見の過去様式をもとに生まれた建築を、リバイバル建築と呼びます。これまでの様式名に、ネオを冠し命名しました。銀行や議事堂ならネオ・ギリシアやネオ・ローマ、学校ならネオ・ロマネスク、教会堂ならネオ・ゴシックとしました。
2-②-1ガウディ作品に見るリバイバル建築
2-②-1A ネオ・ギリシア
fig.1 ガウディ: バルセロナ、グエル公園、正門大階段から「神殿と屋外劇場」
2-②-1C ネオ・ビザンティン(東ローマ)
fig.6 ガウディ: バルセロナ、コローニア・グエル教会堂計画案、内観スケッチ 1908年頃
2-②-1E ネオ・シトー会建築
fig.16 ガウディ: バルセロナ、カサ・ミラ、屋根裏階
25 ジュアン・マルトゥレイ (アントニ・ガウディとリュイス・ドゥメナクによる製図)《バルセロナ大聖堂大正面計画案》1882年
2-③ 自然: 生命のフォルム
ガウディは、「生命のある造形的ビジョンを作品にあたえなければならない」と述べ自然界を観察・研究していました。ガウディの建築は自然界から学んだ幾何学的法則と、人体にフィットする家具のような形状も共通している点にありました。
2-③-1 植物とかたち
2-③-1A ガウディの造形と通じる植物
fig.1 プラタナスの木(左)
fig.2 サグラダ・ファミリア聖堂内観
27 アントニ・ガウディ 《植物スケッチ (サボテン、スイレン、ヤシの木)》1878年頃
2-③-1B カサ・ビセンスの装飾
30 アントニ・ガウディ 《カサ・ビセンス、鉄柵の棕櫚の模型》1886年頃
fig.5 ガウディ: バルセロナ、カサ・ビセンス 1883-85年、門扉
2-⑥ 幾何学: 建築家は幾何学者
19世紀フランスの修復建築家のヴィオレ・ル・デュクは、イスラム建築では外観と装飾が、中世の建築では構造が幾何学に従属すると説き、「建築は幾何学の娘」と主張しました。ガウディも「建築家の言葉は幾何学」であり、「私は幾何学者である」と述べています。
2-⑥-4 ダンジール計画案からサグラダ・フアミリアへ
13世紀以来アフリカでのキリスト教伝道は、フランシスコ会が担っていました。ガウディに、モロッコのタンジールに伝道本部を建設する計画が依頼されました。ガウディはこれを、修道院・礼拝堂・学校の複合施設として設計しました。
残念ながら計画案は実現しませんでした。しかし、構造計画はコローニア・グエルで再現され、全体構成そのものはサグラダ・フアミリアに展開したとされています。
2-⑥-5 ダンジール計画案の造形の起源をめぐるひとつの仮説
47-a 鳥居徳敏復元 アントニ・ガウディ《アフリカ・カトリック・ミッション、ダンジール計画案》1892-93年 復元設計縦断面図 1981-82年
ガウディが、ダンジール計画案に参照したと考えられている資料に『アリ・ベイ旅行記』があります。ガウディは同書の鳩厩舎から、パラボラ形の建築を着想したのではないかと考えられています。
2-⑥-7 大ホテル計画案
49 ジュアン・マタマラ《ガウディによるニューヨーク大ホテル計画案》1952年
51 《ニューヨーク大ホテル計画案模型 (ジュアン・マタマラのドローイングに基づく)》1985年 制作: 群馬県左官組合
建築家の石山修武(いしやまおさむ)は、1980年代に開催されたガウディ展の企画を担当しました。ちょうど、江戸末期の左官・入江長八の作品を展示する「伊豆の長八美術館」を設計した時期と重なり、左官職人に巨大ホテルの模型製作を依頼しました。
2-⑥-8 三位一体の曲面: 平曲面(双極放物線面)
平曲面(双極放物線面)模型 2023年
直線の運動によって描かれる曲面を、線織面(せんしょくめん)と呼びます。平曲面(双極放物線面)は、方眼の3点を固定したまま1点だけを持ち上げることで生まれる線識面です。
2-⑥-8C コローニア・グエル教会堂「平曲面」の導入
fig.39 ガウディ: バルセロナ、コローニア・グエル教会堂、半地階西側外壁の窓 1908-14年
平曲面の導入として目に留まるのが、半地階部講堂(現地下礼拝堂)のジグザグ平面の外壁です。レンガと玄武岩砕石(さいせき)で強靭な平曲面の壁体を形成しています。
fig.40 ガウディ: バルセロナ、コローニア・グエル教会堂 1908-14年
3サグラダ・ファミリアの軌跡
サグラダ・ファミリア贖罪聖堂は、建立提案から150年が過ぎようとしています。着工した翌年から43年間、ガウディは建築家人生をこの聖堂に捧げることになりました。
ガウディの没後、内戦による中断期間を除き、建設は現在まで90年近く継続しています。現在の主任建築家は9代目となり、ガウディは初代ではなく2代目でした。
しかし、サグラダ・ファミリアはガウディの聖堂として知られます。パラボラ塔群の外観構成、内部の樹木式構造、徹底したねじれ面構造、降誕の正面、受難の正面、多彩式の鐘塔頂華と、いずれもガウディの独創性がみなぎります。
この章では、聖堂の起源から現在までの全軌道をたどります。
3-② ガウディの時代
1883年、着工から1年7ヶ月後、ガウディは聖堂の2代目建築家に就任します。ガウディは、聖堂を10年で完成させると見解を公表しました。しかし、完成を見送り降誕の正面を建設したことで、サグラダ・ファミリアは世界に知られることになりました。
3-②-4 聖堂模型の変遷
70 《サグラダ・ファミリア聖堂全体模型》2012-23年 制作: サグラダ・ファミリア聖堂模型室
3-②-4A 身廊部模型
71 《サグラダ・ファミリア聖堂、身廊部模型》2001-02年 制作: サグラダ・ファミリア聖堂模型室
3-②-11 ガウディの彫刻術
3-②-11B ガウディの人体彫刻
ガウディは、モデルの型取りと写真を使用して、形と動きを捉えようとしました。正確な人体を把握するため、解剖学的な研究と創作に励みます。
108(下図左) アントニ・ガウディ《サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面: 女性の顔の塑像断片》1898-1900年
113・111・110(下図左より) アントニ・ガウディ《サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面: 女性の塑像断片》1898-1900年
3-②-12D 鐘塔頂華 色彩と装飾
fig.130 受難の正面、鐘塔頂華
3-③ ガウディ以降
1984年に、ガウディ建築群が世界遺産に登録されました。2016年に聖器室と受難の正面が、2021年にマリアの塔が完成し、2022−23年に福音書作家の4塔が完成する予定です。
3-③-1A 彫刻家・外尾悦郎が制作した「降誕の正面」の彫刻群
116 外尾悦郎《サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面: 歌う天使たち》1990-2000年に設置
1978年に、彫刻家・外尾悦郎がサグラダ・ファミリアの建設現場に遭遇します。外山は以来、この聖堂に人生を捧げることになりました。降誕の正面中央の楽天使6体を、ガウディの石膏像写真から復元彫刻として完成させました。
fig.7 「降誕の正面」、中央の「愛徳の扉口」
ガウディーとサグラダ・ファミリア展の会場・巡回先はここ!
東京国立近代美術館
〒102-8322千代田区北の丸公園3-1
Tel. 050-5541-8600(ハローダイヤル 9:00~20:00)

会期
2023年6月13日(土)~9月10日(日)
佐川美術館(滋賀県)
〒524-0102 滋賀県守山市水保町北川2891
Tel. 077-585-7800
Fax.077-585-7810
会期
2023年9月30日(土)~12月3日(日)
名古屋市美術館(愛知県)
〒460-0008 名古屋市中区栄二丁目17番25号(芸術と科学の杜・白川公園内)
Tel.052-212-0001
Fax. 052-212-0005

会期
2023年12月19日(土)~2024年3月10日(日)